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大阪地方裁判所 昭和29年(タ)75号 判決

原告 田中弘

被告 検事正 竹原精太郎

主文

原告を大阪府三島郡豊川村大字小野原千四百九十九番地亡奥田勝次郎の子と認知する。

訴訟費用は国庫の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その請求原因として、

原告は主文第一項掲記奥田藤次郎と田中弘戸との間に昭和一二年六月一四日出生したものなるところ、父藤次郎は当時認知手続をなさず母弘戸が父を記載せずして出生届をした。然るところ、父藤次郎は昭和一八年一〇月八日当時の帝国法軍々層として徴用せられ昭和二〇年八月二七日南洋方面において死亡したものである。これより先き母弘戸も昭和一五年中に死亡し原告には最近に至るまで法定代理人がなかつたものであるから、認知の許の特例に関する法律による出訴期間の始期たる「父の死亡を知つたとき」はこれを本人につき定めるの外はないのであるが、原告は昭和二七年六月一三日満一五才に達したものであり、そのときに人事訴訟を提起しうる能力を備えるに至つたものであるから前記法律による出訴期間は原告の場合同日を以て始まるものである。

よつて本訴請求に及ぶ旨陳述し、立証として甲第一乃至第三号証を提出し、証人奥田木太郎の尋問を求めた。

被告は適式の呼出しを受けながら本件口頭弁論期日に出頭しないが陳述したものと看做される答弁書の記載によれば、原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、その答弁の要旨は、原告が昭和一二年六月一四日田中弘戸を母として出生した事実及び同女が原告の出生届をした事実はいづれもこれを認めるがその余の事実は不知であるというのである。

当裁判所は職権を以て原告本人を尋問した。

理由

よつて先ず本訴の適否を按ずるに、認知の訴の特例に関する法律によれば、父の死亡の事実を知つた日(この日が同法施行前ならば同法施行の日)から三年内にして且つ死亡の日から一〇年内に認知の訴を提起すべきものであるところ、真正に成立したものと認むべき甲第二号証によれば主文第一項掲記奥田藤次郎は今頃の戦争に徴用され昭和二〇年八月二七日南洋方面において死亡したものである事実が認められ、又原告本人尋問の結果によれば、原告は藤次郎死亡後間もなくその事実を知つたことが明かであるから、本訴の出訴期間は同法施行の日たる昭和二四年六月一〇日より進行し訴提起の日たる昭和二九年一一月一六日には既に三年以上を経過し本訴は不適法なるが如くであるけれども、真正に成立したものと認められる甲第一号証と原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和一二年六月一四日出生したものであるが、その毋弘戸は昭和一五年五月二九日死亡し昭和二九年六月二日後見人朝岡秀吉就職するまでは原告には法定代理人がなかつた事実及び原告は智能の発育必ずしも十分でなく学業成績も不良で一六歳のとき始めて認知の意味を理解したにすぎない事実が明であるから、前記法律にいわゆる父死亡の知不知は原告自身によるの外ないところ、出訴期間三年の始期である前記昭和二四年六月一〇日には原告は一二、才未満であつて、かゝる精神的に発育状況不良の原告に対し、右の年令を以て本訴認知請求提起の如きことを期待するのは不能を強いるものであり、民法七九七条が養子縁組代諾につき同法第九六一条が遺言能力につきいづれも一五才を以て標準としていることは必ずしも本訴の如き場合にその準用を見るわけではないけれども、身分法上の重要事項につき斯る規定が設けられている精神、即ち一五才を以てかゝる事項を弁別するの能力を備えるに至るものとしている点は本訴の如き場合にこれを類推することも敢えて不合理ではなく、いづれにしても一二才未満の原告につき認知請求に関しての事項を弁別する能力は到底これを認め難いから、原告については早くとも一五才に達した暁即ち昭和二七年六月一五日を以て本件三年の出訴期間の始期となすべく、本訴が提起せられた昭和二九年一一月一六日迄には三年の出訴期間は経過せず他方藤次郎死亡のときより一〇年の出訴期間も未だ経過していないから本訴は適法である。

次に、本案につき按ずるに、いずれも真正に成立したものと認められる甲第一乃至第三号証と証人奥田木太郎の証言並に原告本人尋問の結果を綜合して考えると、主文第一項掲記奥田藤次郎は昭和六年頃以前より原告毋田中弘戸と内縁の夫婦関係にあり、両者の間に同年九月二〇日清を昭和一〇年五月三一日米子を各儲け右両名については藤次郎の子として認知済であるが、更に昭和一二年六月一四日には同じく両者の間に原告が出生したに拘らず認知未済の儘になつていたものなる事実を認めることができる。してみると原告が民法第七八七条認知の特例に関する法律人事訴訟法第三二条第二項第二条第三項により提起した本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき同法第一七条に則り主文の通り判決した。

(裁判官 宅間達彦 松浦豊久 杉山修)

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